臨床心理士のうたたね日記

臨床心理士です。日々気ままに気がついたこと、関心のあることについて書いています。

もし〇〇が起きたら

臨床心理士の仕事柄、親を失った子供、子供を失った親、虐待に合った相談者、DV被害者、いじめに苦しむこども、ハラスメントの後遺症でPTSDやうつになった人にも多く出会ってきた。どんなカウンセリングの技法でも共感と受容は基本であるが、半分は冷静な自分を保ちながら、その人たちの感情を味わう。私は、それは、カウンセリング場面だけであるが、その悲しみ、傷つき、怒り、無力感、自分が無価値であると言う感情、いらだちは、凄まじいものであリ、身体まで響いてくる。胸が痛くなったり、胃が痛くなったりする。しかし、それは、私にとっては、相手の感情を知る手がかりとなり、一時的なものに過ぎない。

だから、震災が起きたら、災害が起きたら、戦争が起きたら、どうなるのだろうという恐れはかえって人一倍強いであろう。身近な人を失った人たちへの援助をきちんとできるのだろうか?そばで他人が死ぬ場面を見た人の援助をできるのだろうか?家や財産を何もかも失う人への感情にきちんと向き合っていけるのだろうか?それを災害が起きるたびに自分に問う。

よく言われる言葉がある。臨床心理士だから、そんな悩み解決できるでしょ、と。それは、大きな誤解である。自分自身の無力さは、東日本大震災の時に十分味わった。

それが、自分の住むところが被災したら、津波の場面に遭遇したら、自分の家族を失ったら、誰かの死を目撃してしまったら、その中で絶え間なく続いた余震に悩まされていたら、その中で私は臨床心理士としての援助活動はできるだろうか。下手すると自分が、急性ストレス障害におちいり、医療機関にかかるのもそういう時は難しいであろうから、PTSDかうつになるかもしれない。

ケースをいくつも見ているとパターンがわかってきてそれほど、治療者自身も揺れが少なくなる。確かに、いまの臨床活動ではあまり私は揺れることはない。だから、身の回りにそういうことが起こったらやれるのだろうか?私ができることは、もしかして我が家の愛犬robinを守ることだけなのだろうかと思う。

いつもは、あほな面白いことばかり考えている臨床心理士も真面目に悩むのである。

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わたしは、保護色になって、避難所に潜り込むぞ! 
          by robin

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