臨床心理士のうたたね日記

臨床心理士です。日々気ままに気がついたこと、関心のあることについて書いています。

ネット依存・スマホ依存からどうしたら抜け出せるか?

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ネット依存スマホ依存の問題は、日本でもすでに深刻だろうと思っている。
電車のホームを見渡せば、ほとんどの人がスマホを見ている。ファミリーレストランに入ってオー若者が5人集まっているでないか!と見ていると会話が奇妙なくらい全くなく、ホント奇妙!!!である。カップルらしき男女がいるので、恋人同士かなあと思って見ているとやはりそれぞれのスマホを見て会話がない。ただの知り合いかと思っていたら、お店を出たら手をつないでいたのでやっとカップルだとわかった。おかしい!
しかし、ではやめなさいと言っても依存はそんな簡単なことでは抜けださないのは確かだ。

という私も実は、ネットの世界を怖がっていたにも関わらず、「何を怖がっているんだ。発信せよ!」と尻をたたかれ、どつきまくれ(これ先輩たちに嫌味で言っています(笑))かなり危ない状態になった。目もすごく悪くなった。何か月かのことでである。こわい!
今は、スマホはほとんどスイッチオフにしてある。

ネットから離れようと、新聞は購入してみたのだが、やはりネットのニュースのデジタル新聞のほうが見やすいのである。目に絶対悪いので紙の新聞をもっと読みやすくしてもらえないだろうかと思う。一番大きいのはデジタルはお金を払うまでしなくても、内容がわかるのでお金がかからない。これは大きい。あと、ミニマリストの私としては、(ミニマリストというのは、はてなブログから発信され始めた言葉で私はいまだ意味がよくわかっていない。格好いいので使ってみたかっただけ)新聞紙の量だけ部屋が狭くなり、物が増えるのがいやということも大きい。

昔テレビが中心であったころ、テレビは危険だから、勉強しなくなるからと時間制限されたり、目が悪くなるからとテレビから離れて見なさいと親から厳しく言われたものであるが、結局テレビ依存にはならなかったし、目も悪くならなかった。かと言って、テレビが昔ほど面白くない。

テレビを近頃あまり見ないのでよくわからないが、昔はフジテレビの月9がすごく楽しみで、「ロングバケーション」「やまとなでしこ」とかTBSの「愛していると言ってくれ」とか夢中になって見て、胸キュンキュンしたものだ。今は胸キュンの時からははるか遠いが(笑)今度時間ができたら、今度ブログ記事で懐かしのドラマシリーズ自分版を作りたいなあと思っているぐらい好きであった。


一番みんなが嫌だと思うのは、たぶん人が見ていやだなあと思うニュースを何度も何度も繰り返し流すテレビ局が多いことではないかと思う。

この間の親が子供を虐待する報道などいい例だと思う。一度でいいと思う。一度で印象に残るし、一度でみんなのうわさになり広がるだろう。それをテレビは、繰り返し報道するところが多い。大事なのは、そういう虐待された子供たちがいるときに通報した人がいたこと、それから、虐待された子供がいた時にどういう公的通報機関があり、通報したら相談員がどういう対応をしてくれるかみんなに周知することではないだろうか。
みんなたいてい通報したら、ものすごい責任が生じてくるものと勘違いしているし、公的機関に電話すること自体、ものすごく勇気のいることである。通報の仕方とか、通報して子供たちがこんなに幸せになっていますよという心暖かくなる内容にしてくれたほうがずっとテレビを見ると思うし、虐待防止に繋がると思う。

そして、少しはネットに流れていく人たちをくいとめられるのではないかなと最近思っています。

また、自分勝手につぶやいてみました。もし、懸命に働いてる報道関係の方がいたら、本当にごめんなさい。

それから、自分をネット依存かもしれないと思っている若い方たち、何ができるか考えていこう。私はあなたたちに出会えたから今いろいろ考えることが少しでき始めているのだと思う。また、教えてくださいね。


家族の具合が悪いのでしばらくブログお休みします(@^^)/

Comment

はるうさぎ  

No title

いまから思えば双極性障害の予兆で、民放のCMの音が苦痛になって、見るのはNHKになってしまったのが20年くらい前。テレビ自体が辛くなったのが東日本大震災のあとに、思いきり共感疲労になってしまって以降でしょうか。原発事故のおかげでテレビも新聞もどこのメディアも信じられなくなって、まったくテレビを見なくなって、今は家にテレビはありません。ラジオはあるけど、聞きませんし、ニュースはやはりネットで得ています。このごろやっと「信用してもいいかな?」と思う新聞が変化してきたので、それ次第でまた読むかもしれませんが… (^_^;)

Twitterも疲れるのでほとんど見ていません。自分のエネルギーがなくなると、「本当に必要なもの」がよく見えてくる気がします。

外国に友人知人も多いので、Facebookでのやり取りは必要不可欠になっています。アメリカ、アジア、ヨーロッパ、アフリカなどなど、暮らしておられるのみならず、仕事で世界を飛び回っておられる方が多いので、頭の中に世界時計を置いてあるんですが、あまりにあちこちだとわからなくなってきます。たまたまPCを起動していたら、常に見ていますけれども…。これは依存というよりは必需品みたいです。

結局はどれも「道具」だと思う方がいいのかもしれませんね。道具は便利にありがたく使うものだけど、使われちゃいけない、っていうかしんどいと思います。

しんどいというのは無理していることだから、そういう時は距離を置いてみたら、必需品であるかどうかおのずとわかるのではないかなあ、という気がします (^_^;)

2015/11/29 (Sun) 18:17 | EDIT | REPLY |  

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