臨床心理士のうたたね日記

臨床心理士です。日々気ままに気がついたこと、関心のあることについて書いています。

張り込み

うちの町内は、半年に1度、資源ごみのゴミ当番がやってくる。
前日の未明にゴミを出す人もたまにいるので(決まりでは、してはいけないことになっているのだが)、前夜から、仕分けのための看板やごみ袋を出しておかなくてはいけない。

丁度、先輩と電話でのおしゃべりが終わった23時半ごろ、準備を始めた。 そこへ白い車がやってきた。

私が、準備している間、一人の男が車の中で身を隠しながら、こちらの様子をじっとうかがっている。私が振り返ると身をかがめる。サスペンス映画の主人公になったようでうれしかった。

私が、姿を消したら、おそらく大急ぎでトランクから段ボールやペットボトルや空き瓶などを出したに違いない。映画なら、私をつけるか、死体を出すところだろうに残念だ。


あくる日、6時半に行ったとき、スーパーのビニール袋に入った空き缶と電子レンジがおかれていた。サスペンス性は何もなかった。



コメントいただいたH様へ
何度もお問い合わせありがとうございます。お問い合わせの記事は修正、加筆して出したいと思っています。いま、忙しいのでかなり後になると思いますがお待ちください。

クレヨン療法が生まれたとき2

加筆修正しました。

絵を描くときに人は大人になればなるほど「上手、下手」にこだわってしまいます。どうしたら、人が上手下手にこだわらず、クレヨンで自分の感情を表出できるかも考えなくてはいけないところでした。そして、同時に身体に起きている不快な感覚に集中できるか...
目を閉じて描いてもらえばいいのだと思いました。みなさんの描く絵はこんな絵が多いですよと殴り書きをしめし、目を閉じて描いてもらう。ほとんどの人が形を描かなくていいんだ、殴り書きでいいんだと思います。
そして、目を閉じて描くからはみ出す心配をしないように新聞紙ぐらいの大きさの紙が必要で、発散するため描くときは何枚も必要で、描く紙は新聞紙になりました。相談者さんが描いている間治療者が新聞紙の両側を押さえている形が相談者さんの吐き出したもの全部受け止める形になり、ホールドする形になるわけです。

(ただ、新聞紙の中でも描く面は、できるだけ情緒刺激の少ない強い色が入っていない紙面で人物の大きく描かれているものでない紙面を選んでいます。)

実際相談者さんは描いている間「過去にこんな辛いことがあってね、すごく悲しくてね・・・それが長く続いて自分はもうだめかと思ったんだ」みたいなおしゃべりをカウンセラーにずっとしている気持ちになるそうです。

こんな過程を経て今描く道具は24色のクレヨン、新聞紙になりました。



そしてなにか不快を感じる身体の部位に手を当てて、目を閉じて描く形になりました。




クレヨン療法が生まれたとき1

「Dr.倫太郎」をやっと見てみた !

http://www.ntv.co.jp/dr-rintaro/story/07.htmlより

img_photo_7.png



堺雅人演じる大学病院に勤務する41歳の主人公・日野倫太郎は、内閣官房長官を常連患者に持ち、コメンテーターとしてテレビ出演もこなすスーパー精神科医。



1回目、見た時、精神科医ってこんなじゃない!と批判的に見ていたので、いらいらしそうなのでずっと見なかった。ネットでは、定かでないが有名な臨床心理士も制作に関わるようになって、3回目ぐらいから良くなったと書いてあった。



また、精神療法はこんなんじゃない!と思うかと恐る恐る見ていた。なんだか初回より内容が落ち着いている。



まあ、倫太郎が夢乃(蒼井優)のことを患者(ドラマでの設定は二重人格でギャンブル依存のどうしようもない母親をもっています)と思っているのなら、自宅に入れたり、ハグしたり、めちゃくちゃおかしい。患者さんへの身体接触は本当に慎重でなくてはならない。

倫太郎の家のモップ犬がいなくなったら、病院のスタッフ総出で探しに行くとかありえないし、研修医が初回面接で患者さんに自分の恋愛について語るなんてありえないし、色々、実際の治療とは違うやり方がみえたが、やっとドラマなんだからと距離を置いてみることができた。



「あなたは悪くないんですよ」という言葉はいい響き。

患者さんはいつも本当に自分自身を責めているから。

相手の目をまっすぐに見ながら、ゆっくり温かい口調でいう堺雅人はやっぱり素敵!



ドクターはこんなに時間をかけて診療することはない。それが普通。東京に一か所女医さんが予約制で一回50分診療をしてくれるところがあるがまれだろう。



ただ、最近、相談者から、「ドクターがパソコンばかり見て、自分の方を全然見ないんですよ」という話を時々聞くようになった。



やはり、患者さんにとって、ドクターは絶対なのだから、5分でも患者さんの顔を見て話してほしいなと思う。





今日、行った病院のドクターは、私をちゃんと見つめてくれなかった。









歯医者だから。



クレヨン療法が生まれたとき

私がクレヨン療法を思い付いたのは、中学生や高校生のスクールカウンセラーをやっていたときでした。
相談者さんは言葉にならない思いをたくさん持っていて、内的世界をことばで表現しようとするならば、言葉によって取り上げられたもの以外に取り残された部分がたくさんあります。会話によって伝えられることには限界がある。それを感じてそれをそのまんまありのまま表現できる方法はないかと考え始めました。

子供のころの私は本当によく遊びました。お絵かきも砂遊びもごっこ遊びも大好きで海でもよく遊びました。そんな子供のころの私が指揮をとったのかもしれません。遊びながら感情も存分に表現できる感じを知っていました。だから遊びながら感情をワーッとか、ボソッとか表してもそこに表現されたエネルギーやささやかなものまで誰かが丸ごと受け止めてくれたらうれしいだろうなと感じたのでしょう。

描画は私が子供のころ体験した遊びに比べたら小さなものなんですけどね。それが凝縮されたらこんな形もとれるのかなと考えました。自由な手の運動、紙の質感、クレヨンの手触り、視覚的な楽しみ、不安を鎮めるかのように繰り返されるパターン・・・・子供にとって絵を描くことは遊びであり、衝動です。

こどもは紙が与えられるとその大きさという制限を守りながら、自由に殴り書きします。プレイセラピーではリミットを守りながら、その中で表現して表現した相手にホールドされた感覚を持ちます。その感じを中学生から、成人まで持ち込めたら、人は自分の思いを訴えることをクレヨン一本で表出できるのではないかと思いました。

今、クレヨンでと書きましたが描く道具がクレヨンで何色入りというのが必要かわかるまでにいろいろなことを試しました。クレヨンの他にマジック、色鉛筆、クレヨンも固いものから柔らかいものまで。パステルも試しました。
マジックは相談者さんの結構お気に入りでした。セレクトされることが多かったです。マジックがどうして使われなくなったかというとにおいです。マジックで殴り書きをした後はマジックのにおいでカウンセリングルームがいっぱいになり、まあ大変!。これは続けるのは無理だなと思いました。
パステルは粉が出ることのほうが多くて表出が上手くできませんでした。色鉛筆など固い素材のものは心が自由になりにくいためでしょうか?たぶんそうだと思うのですが用意していても相談者さんが選ぶことはありませんでした。
クレヨンの色もできるだけ多い方が相談者さんにとっては自分の気持ちに合ったものを使えていいようです。ただ、一回の施行で使う量が半端でなく、使われる色はある程度決まっているので今は24色のオイルクレヨンとなっています。こんな風に使う用具は相談者さんとともに選んでいきました。自由にとらわれることなく、表出できることをめざして。

描く紙もあれやこれや試行錯誤して選びました。目を閉じて描いていただくので、相談者さんがはみ出す心配をしなくていいものとするとおおきめが必要と思い、カレンダーの裏側を使ったこともありました。
小さな相談室ではA4の紙を使ってみることもありましたが、相談者さんがのびのびと描くことができませんでした。それで新聞紙に描くというところに行きついたわけです。
なぜ殴り書きで始まり、殴り書きで終わり、顔や木などの形にしなかったのかそれにも意味がありました。(つづく)




Latest